くじら肉と聞くと、昭和の給食を思い出す方もいれば、そもそも食べたことがない方も多いのではないでしょうか。かつては身近なタンパク源だったくじら肉は、いまや限られた専門店や家庭で楽しまれる、ちょっと特別な食材になりました。本記事では、そんなくじら肉の歴史や栄養、部位ごとの味わいと食べ方をあらためて見ていきます。
くじら肉って本当においしい?今あらためて見直される理由
くじらと日本人の長い付き合い
くじらは古くから日本の食文化に根づいてきました。沿岸漁業や保存食として利用されただけでなく、祭礼や地域行事の中心にもなってきた歴史があります。戦後には貴重なタンパク源として学校給食にも登場し、多くの人にとって馴染み深い味わいとなりました。
一方で、国際捕鯨委員会(IWC)による商業捕鯨モラトリアム以降、日本の捕鯨は大きく縮小し、現在は厳しい資源管理のもと、限られた頭数のみが国内向けに流通しています。かつて日常食だったくじら肉は、いまや「郷愁を誘うごちそう」「地域文化を象徴する食材」として、改めて価値が見直されつつあります。
「くじらは捨てるところがない」といわれる理由
くじらは部位ごとに用途が豊富で、赤身・皮・尾の身・舌・内臓まで余すところなく食べられます。加工品や保存食にも適しており、「捨てるところがない」といわれるほど無駄なく使い切る伝統が生まれました。
ヒゲクジラ(シロナガスクジラやイワシクジラなど)とハクジラ(マッコウクジラやイルカ類など)では体のつくりや脂の付き方が異なり、同じ「赤身」でも食感や風味に個性があります。ベーコンや燻製、缶詰などの加工品は日持ちに優れ、かつては重要な保存タンパク源でした。皮や畝須(うねす)はコラーゲンが豊富で、煮込み料理にすると独特のとろみと旨味を生みます。内臓類は干物や塩蔵にして珍味として楽しまれてきました。
昭和の給食から今の食卓へ ― 世代で違うくじらの記憶
昭和世代は、学校給食や家庭の竜田揚げなどでくじら肉に親しんできました。当時は主に赤身や加工品が使われ、どこの家庭でも食べられる「身近な肉」だったといえます。
現在では、くじら肉は専門店や産地直送の通販など、少し特別な場面で楽しむ食材へとポジションが変化しています。くじら肉を知らない若い世代にとっては、和食だけでなく洋風アレンジやアウトドア料理など、新しいスタイルで体験する「珍しいごちそう」として受け入れられつつあります。
くじらの基本を知る:種類・特徴・安全性
食用にされてきた主な種類と特徴
食用ではミンククジラ、イワシクジラ、ミンク系の小型種が多く利用されてきました。分類学的には、クジラはヒゲクジラ亜目とハクジラ亜目の大きく2つに分かれます。日本の食文化では、ミンククジラやイワシクジラなどの中型~大型ヒゲクジラに加え、一部の小型ハクジラ類も利用されてきました。
ヒゲクジラはプランクトンなどを濾しとって食べるため脂がよくのり、赤身と脂身のバランスに優れた部位が多いのが特徴です。近年は、資源量や国際的な保護ステータス(IUCNレッドリストなど)を踏まえ、対象種や漁獲枠が厳格に管理されており、どの種類をどの程度利用できるかは科学的調査に基づいて決められています。
栄養価とヘルシーさ ― 高たんぱく・低脂肪という強み
くじら肉は高たんぱくで低脂肪なうえ、鉄分やビタミンB群も豊富です。ダイエットや筋トレ中の食材としても注目されています。
特に赤身部分は、牛や豚に比べて脂肪分が少なく、必須アミノ酸をバランスよく含むのが特徴です。また、血合い部分にはヘム鉄が多く含まれるため、貧血予防を意識する人にも向いています。ビタミンB12やナイアシンなど、エネルギー代謝を助けるビタミンも豊富で、現代の「高たんぱく・低カロリー志向」と相性が良い食材といえます。
現代のくじらをめぐるルールと安全管理
現在流通しているくじら肉は、国内外の規制や検査によって管理され、冷凍流通や放射能・重金属検査など、安全性確保のための取り組みが進んでいます。
日本では、漁獲量や対象海域が国の管理下に置かれ、上限枠以内で捕獲された個体のみが流通します。捕獲後は急速冷凍され、コールドチェーン(冷凍・冷蔵流通)によって品質が保たれます。衛生検査に加え、水銀やその他重金属の含有量についてもモニタリングが行われており、基準値を満たしたものだけが一般向けに販売されています。購入の際は、産地表示や検査体制が明記された商品・店舗を選ぶと安心です。
部位別に楽しむくじら肉:特徴とおすすめの食べ方
赤身(本皮周りの赤い肉)
味と食感の特徴
赤身はしっかりした旨味と程よい弾力があり、赤身のコクが魅力です。ヒゲクジラ系の赤身は筋繊維がきめ細かく、低脂肪ながらも濃い「肉の味」を感じられます。部位によってはマグロの赤身に近い風味を持ち、血合い部分のほろ苦さが好みを分けるポイントになります。
おすすめの食べ方:刺身・ユッケ・ステーキ
薄切りの刺身やユッケ、さっと焼くステーキが定番です。刺身で楽しむ場合は、よく冷やした状態で薄く切り、薬味に生姜やニンニク、わさびを合わせると独特の風味がマイルドになります。
ステーキは焼きすぎると固くなりやすいため、表面を素早く焼き上げてレア~ミディアムに仕上げるのがコツです。生姜醤油やガーリックソースなど、シンプルな味付けで旨味が引き立ちます。
皮(本皮・畝須)
プルプルの食感とコラーゲン
皮はゼラチン質で口当たりが良く、煮るととろけるような食感になります。皮から皮下脂肪、筋肉へと続く層は「畝須(うねす)」と呼ばれる部分で、コラーゲンと脂が豊富です。適切に下処理をすれば、プルプルとした食感とまろやかな甘みを楽しめます。
おすすめの食べ方:おでん・煮込み・湯引きポン酢
長時間煮込むおでんや煮込み料理、湯引きしてポン酢でいただく食べ方がよく合います。
煮込み料理では、あらかじめ下茹でして余分な脂や臭みを抜いてから出汁でコトコト煮ると、スープに深い旨味が溶け出します。湯引きポン酢は、短時間で火を通して冷水に落とし、冷やした状態でポン酢や柚子胡椒と合わせると、脂のくどさが和らぎ、さっぱりと楽しめます。
尾の身(トロ)
「くじらの大トロ」と呼ばれる贅沢部位
尾の身は脂がのり、とろける食感が特徴の贅沢な部位です。尾の付け根近くの限られた部分で、1頭からとれる量が少ないため、昔から「ごちそう」として珍重されてきました。脂の質がよく、口の中でじんわりと溶ける感覚は、マグロの大トロにも例えられます。
おすすめの食べ方:刺身・すき焼き・レアステーキ
薄切りの刺身や軽く炙るレアステーキ、すき焼きのアクセントとして楽しめます。
刺身では、脂の甘みを活かすためにシンプルに醤油とわさび、あるいは塩と柑橘で味わうのがおすすめです。すき焼きに加える場合は、他の具材に火が通った仕上げのタイミングでさっとくぐらせるようにすると、脂が出すぎず上品なコクだけを楽しめます。
さえずり(舌)
通好みのとろける食感
さえずりは柔らかく濃厚な旨味が特徴です。牛タンとはまた異なる、ゼラチン質と脂が混ざり合った独特の食感が魅力で、じっくり下茹ですることでとろけるような口当たりになります。
伝統的な食べ方:ベーコン・燻製・しゃぶしゃぶ
ベーコン風に加工したり、燻製、薄切りでのしゃぶしゃぶなど、さまざまな食べ方があります。
さえずりベーコンは燻煙と塩気で旨味が凝縮され、関西を中心に酒の肴として親しまれてきました。しゃぶしゃぶでは、ごく薄切りにして熱湯にくぐらせ、ポン酢やごまだれで食べると、脂の甘みと軽い歯ごたえを同時に楽しめます。
百ひろ・心臓・肝などの希少部位
それぞれの個性と味わい
内臓系の部位は濃厚でクセになる味わいが魅力です。
「百ひろ」と呼ばれる胃袋は、独特のコリコリとした食感があり、モツ系の料理が好きな人にはたまらない部位です。心臓は新鮮なものを薄切りにして軽く炙ると、噛むほどに旨味がにじみ出ます。肝はレバーパテのようにペースト状にしてバゲットに塗るなど、和洋を問わず応用がききます。
居酒屋・専門店で味わう楽しみ
内臓類は鮮度管理と下処理がとても重要な部位です。そのため、自宅調理に慣れていない場合は、まずは居酒屋やくじら専門店でプロの味を体験してみるのがおすすめです。
お店では、部位ごとに最適な火入れや味付けが施されており、「刺身」「煮込み」「串焼き」「珍味盛り合わせ」などで食べ比べを楽しめます。気に入った部位が見つかったら、産地直送の通販などで少量から取り寄せ、自宅で再現してみると、より一層くじら肉の奥深さを味わえるでしょう。
おわりに:くじら肉を“知って味わう”楽しみ
くじら肉は、かつて日本の食卓を支え、いまも地域文化や記憶と結びついた食材として受け継がれています。赤身・皮・尾の身・さえずり・内臓など、部位ごとにまったく違う表情を見せ、刺身やステーキ、煮込み、しゃぶしゃぶ、加工品といった多彩な料理で楽しめる点が大きな魅力です。
近年は、資源管理や安全面への配慮が進み、限られた量を丁寧に扱う「とっておきの味」として位置づけられるようになりました。昭和世代には懐かしく、若い世代には新鮮な驚きをもたらすくじら肉は、知識を持って選び、調理法を工夫することで、家庭でも専門店でもより深く味わえます。
一皿のくじら料理には、海と向き合ってきた人びとの暮らしや知恵が折り重なっています。思い出話に耳を傾けながら、部位ごとの違いや調理法の工夫を意識して味わうことで、くじら肉は単なる「懐かしい食材」を超えた、学びと発見のある一品になっていくはずです。

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