山梨の冬と聞いて思い浮かぶ料理のひとつが、あつあつの味噌仕立て「ほうとう」です。かぼちゃの甘みと幅広麺のもちもち感が溶け合った一杯は、体だけでなく気持ちまでほっとゆるむ味わい。この記事では、ほうとうの魅力や歴史、家庭ごとの違い、本場で味わうときの楽しみ方をじっくりご紹介していきます。
ほうとうとは?山梨の冬を支える「煮込み麺」
ほうとうの基本:幅広麺とかぼちゃの味噌仕立て
ほうとうは、幅広に切った小麦の生麺を、かぼちゃや季節の野菜と一緒に味噌で煮込む山梨の郷土料理です。麺がスープを吸ってもちもちになり、かぼちゃの甘みと味噌のコクが一体となった、やさしい味わいが特徴です。
山梨では、打った生麺をそのまま鍋に入れて一緒に煮込むのが基本です。麺の小麦粉が自然にスープに溶け出し、とろりとした独特の口当たりを生みます。郷土の灰色の石臼で挽いた「挽きぐるみ味噌」など、地元味噌を使う家庭も多く、素朴ながら奥行きのある味わいになります。
山梨で愛され続ける理由とうどんとの違い
うどんと似ていますが、ほうとうは麺が太く平たいこと、長時間煮込んでスープと馴染ませる点が大きな違いです。一般的なうどんは別ゆでして出汁に合わせますが、ほうとうは生麺を直接煮るため、麺と具と味噌が一体化した「煮込み汁物」という性格が強い料理です。
山間地で栄養を補う家庭料理として冬場に重宝され、体が温まることから根強い人気があります。山梨では、年越しそばの代わりに年末にほうとうを食べる家庭もあり、日常食でありながら季節の節目を彩る一杯にもなっています。
かぼちゃが溶け込むスープの秘密
なぜ「かぼちゃ」が主役なのか
かぼちゃは保存性が高く、甘みととろみを出すため、昔から重宝されてきました。地元産のかぼちゃは風味が強く、具材の中心として存在感を放ちます。
米づくりが難しい山梨では、小麦やかぼちゃなどの畑作物が暮らしを支えてきました。その中でもかぼちゃは冬場の貴重なエネルギー源で、ほうとうに入れることでビタミンや食物繊維も自然と補えます。「かぼちゃが入っていなければ、ほうとうとは呼ばない」と言う人もいるほど、山梨では必須の主役食材です。
とろみと甘みを生む煮込み方
硬い野菜から順に煮て、かぼちゃは崩れすぎないタイミングで加えます。長時間煮ることで角がほどよく崩れ、自然なとろみが生まれます。ほうとうの麺自体も小麦粉が溶け出しやすい生麺なので、かぼちゃのデンプン質と合わさって、ルウを使わなくてもシチューのような濃度が出ます。
鉄鍋や土鍋など厚手の鍋でぐつぐつ煮込むと、熱がゆっくり伝わり、野菜の甘さと味噌の香りがじっくり引き出されます。スプーンですくえるほどの濃厚さになるのも、この煮込み方ならではです。
味噌と野菜の旨みが重なるベストバランス
味噌は合わせ味噌や、地元のコクのある味噌が定番です。野菜の出汁と味噌の塩気が調和することで、かぼちゃの甘みが際立ち、しっかりとした旨みが生まれます。
山梨では大豆と麦麹を使った力強い味噌を好む地域も多く、同じ味噌仕立てでも家ごと・店ごとに味の個性があります。具として入れる白菜、ねぎ、きのこ類、油揚げなどからも旨みが出るため、鰹や昆布の出汁をほとんど使わず、味噌と野菜だけで十分満足感のあるスープになるのも、ほうとうならではです。
山梨の土地が育んだほうとうの歴史
平安の「餺飥」から山梨のほうとうへ
ほうとうは、中国由来の「餺飥(はくたく)」が変化して伝わったとされ、平たい麺を煮る文化が山梨で独自進化したものと考えられています。奈良・平安の都に伝わった餺飥は、もともとは貴族が食べるハレの麺料理でしたが、時代とともに日本各地に広まりました。
甲斐国(今の山梨)では、山岳地帯の暮らしに合わせて素朴な味噌仕立ての煮込み麺へと変化していきました。「はくたく」の発音がなまって「ほうとう」になったという説が有力視されています。
武田信玄と「野戦食」という伝説
戦国期には、武田信玄が戦場で食したという伝承が残っています。消化が良く栄養価があることから、軍食としても評価されたと言われています。
信玄が陣中で野菜や麺を刀でざくざく刻んで鍋に入れ、「宝刀(ほうとう)」と呼んだという話も、民間伝承として語り継がれています(史料的な確証はありませんが、地域の観光PRにもたびたび登場します)。一つの鍋で大量に作れて冷めてもおいしく、野菜と炭水化物を同時に摂れることから、野戦食として理にかなった料理だったことは確かです。
米ではなく小麦文化が根づいた背景
山地が多く稲作に向かないため、小麦栽培が生活に密着し、粉食文化が根づきました。ほうとうはその中で日常食として定着していきます。
甲府盆地の周囲を囲む山々は水田に適した平野が限られている一方で、畑としては活用しやすく、小麦・そば・雑穀などが主役でした。小麦粉をこねて太くのばし、包丁でざくざく切って鍋に入れるだけで主食兼おかずになるほうとうは、忙しい農家にとっても効率の良い料理でした。季節の野菜を入れ替えながら、一年を通じて食べられてきたのも、こうした背景があるからです。
家庭ごとに違う、ほうとうの味わい
各家庭に受け継がれる「うちの味噌」と具材
ほうとうは、各家庭で味噌の配合や具材が異なります。白菜や油揚げ、きのこ、里芋などを入れる家もあり、味噌の仕込み方で「うちの味」が決まります。
大豆と麦、米のどれをどの割合で使うか、熟成期間をどれくらい置くかによって、同じほうとうでも色や香り、塩気がまるで違う一杯になります。干ししいたけや干し魚、にぼしなど、保存食を一緒に煮込んで旨みを足す家もあり、冷蔵庫が普及する前から「家ごとの工夫」が受け継がれてきました。
山梨の人に聞いた、好きなほうとうのスタイル
地域や世代によって、好みのスタイルもさまざまです。かぼちゃ多めの甘口、野菜たっぷりのヘルシー派、辛味噌で締める若者向けなど、楽しみ方が分かれます。
富士吉田周辺では、同じく郷土料理の「吉田のうどん」でおなじみの辛味調味料「すりだね」を最後に加え、ピリッとしたアクセントを楽しむ人もいます。年配の世代は、昔ながらの濃い味噌と素朴な野菜を好む一方、子どものいる家庭では塩分控えめで野菜を大きくカットした食べ応え重視のスタイルなど、ライフスタイルに合わせたほうとうが作られています。
あずきほうとうって知ってる?甘いハレの日バージョン
祝い事には「あずきほうとう」のような甘いバリエーションも伝わり、ハレの日の特別な一皿として親しまれています。おしるこのように甘く煮た小豆に幅広の麺を合わせたもので、普段の味噌味とはまったく違うデザート感覚のほうとうです。
節句や祭礼の日、収穫を祝う席など、「いつもよりちょっと贅沢をする日」に登場し、子どもたちの楽しみでもありました。山梨以外の地域にも似たスタイルが伝わっており、ほうとう文化の多様性を象徴する一品です。
地元で味わう「本場のほうとう」
山梨でほうとうを食べるなら押さえたいポイント
山梨でほうとうを味わうなら、鉄鍋や土鍋で提供する店や、地元味噌を使う店を選ぶと本場感を楽しめます。麺のもちもち感とスープのとろみ具合も、おいしさの大事な目安です。
観光地の専門店では、テーブルに運ばれた瞬間にぐつぐつと煮立ったままの大きな鍋が置かれることも多く、その迫力と湯気こそ「山梨のほうとう」という声もあります。「自家製味噌使用」「山梨県産かぼちゃ・小麦使用」などの表示がある店は、地元ならではの素材にこだわっている場合が多く、味わいや香りの違いも楽しめます。
伝統派 vs 革新派、「ほうとう革命」まで
伝統を守る店と、辛味噌やとんこつを組み合わせる革新派が共存しているのも、今の山梨のほうとう事情です。昔ながらの店では、味噌とかぼちゃを軸に具材や味付けをあまり変えない、「これぞ甲州ほうとう」という一杯を出しています。
一方で、辛味噌をきかせてラーメン風に仕上げたり、九州のとんこつスープと合わせた「とんこつ味噌ほうとう」など、他地域の麺文化と掛け合わせたメニューも登場しています。「ほうとう革命」と銘打って、若い世代や県外客向けにアレンジを打ち出す店も現れ、賛否を生みながらも新たなファンをつかんでいます。
観光地で増えているインスタント・お土産用ほうとうと、受け継がれる一杯
観光地では、乾麺タイプや半生麺、味噌とスープの素がセットになったインスタント・お土産用ほうとうも種類が増え、自宅でも手軽に本場の味を楽しめるようになっています。鍋ひとつあれば作れるため、旅の思い出としてだけでなく、冬場の常備食として買い求める人も少なくありません。
山梨の厳しい冬を支えてきたほうとうは、かぼちゃの甘みと味噌の香り、生麺のとろみがひとつの鍋で溶け合う、土地の暮らしそのもののような料理です。米ではなく小麦が主役だった歴史や、武田信玄の伝承、各家庭の味噌や具材の工夫などをたどると、一杯の中に積み重ねられた時間の長さが見えてきます。
かぼちゃが主役の素朴な味噌仕立てから、辛味をきかせた現代風、甘いあずきほうとうまで、その姿は時代や場面に合わせて少しずつ形を変えてきました。それでも、ぐつぐつと煮立つ鍋を囲み、体の芯から温まるひとときを分かち合うという核の部分は、今も昔も変わりません。
山梨を訪れた際は、鉄鍋や土鍋で供される本場のほうとうを、地元味噌やかぼちゃの風味ごとじっくり味わってみてください。

コメント