湯気の向こうから、だしの香りがふわりと届くおでん。寒い日に恋しくなるこの一椀も、地域が変われば味も見た目もまったく別物になるのをご存じでしょうか。同じ「おでん」という名前でも、関東・関西・静岡では出汁も具材も大きく違います。この記事では、日本各地のおでんの個性と、その背景にある歴史や食文化をたっぷり味わっていきます。
おでんって実はこんなに違う?まずは「全国おでんマップ」から
なぜ地域でこんなに味が違うのか
おでんの味が地域ごとに大きく違うのは、出汁の素材や醤油の系統、練り物の産地、そして食文化の好みが異なるからです。漁場や醤油蔵の違いが、そのまま味わいに反映されています。
関東では、江戸時代から濃口醤油文化とかつお節中心のだしが発達し、「色も味もしっかり」したおでんが好まれてきました。一方、関西は古くから北海道産昆布の流通拠点だったことから、「澄んだ昆布だし+薄口醤油」で素材の味を生かす方向へと進化しています。
静岡ではサバ節や宗田鰹などの混合節が手に入りやすく、さらに漁業と練り物産業が近接していたため、黒いだしと個性的な練り物文化が育ちました。このような歴史的な物流や産業構造の違いが、現代のおでんの味の差につながっているのです。
コンビニおでんとご当地おでんのギャップ
コンビニおでんは全国展開の利便性を重視しつつ、地域ごとにだしや具材を微調整していますが、出汁や具材の個性という点では、専門店や地元の味にはかないません。1978年以降、コンビニおでんは「手軽さ」を武器に一気に普及しました。
たとえばセブン‐イレブンでは全国をおよそ8エリアに分けてだしを変え、関東だけ「ちくわぶ」を入れるなど、ローカル要素を一部取り入れています。ただし、食品衛生法に基づく加熱殺菌パックや大量生産向けの標準レシピが前提となるため、「誰にでも食べやすい無難なおいしさ」には強い一方で、小田原おでんのような高級かまぼこ尽くしや、静岡おでんの真っ黒なだしと青のり・だし粉トッピングといった“尖った個性”までは再現しきれていません。
コンビニおでんは全国どこでも安心して楽しめる標準化された味、ご当地おでんは土地の歴史と産業がしみ込んだ個性派の味、と役割分担しているとも言えます。
東日本のおでん:濃い色のつゆとがっつり系の種の世界
関東おでんの正体:かつお節×濃口醤油のパンチ力
関東のおでんは、かつお節主体の出汁に濃口醤油を合わせた、色も味もしっかりとしたスタイルが特徴です。寒い冬に合う、力強い味付けのおでんとして親しまれてきました。
江戸時代後期に、千葉・銚子周辺で濃口醤油が大量生産されるようになり、それが江戸の屋台料理に広がったことで、「真っ黒いおでんつゆ」が関東のスタンダードになりました。濃い色のつゆは見た目ほど塩辛くはなく、かつお節の旨味と醤油の香りで食べごたえを出す“インパクト重視型”です。魚のすり身を使った練り物との相性もよく、戦後の大衆食文化とともに一気に浸透しました。
関東で愛されるおでんの種:大根・卵・ちくわぶ・はんぺん
関東おでんの定番は大根と卵です。ここに、関東特有のちくわぶやはんぺんが加わり、食感重視の具材が多いのが特徴となっています。
全国的なアンケートでも「大根」と「卵」が不動の1位・2位ですが、関東ではさらに「ちくわぶ」の支持が高い点が特徴的です。小麦グルテン主体のちくわぶは、もっちりした食感で濃いつゆをよく吸い、パンやうどん文化とも通じる“炭水化物的満足感”をもたらします。
はんぺんはふわふわとした軽さが魅力で、発達した練り物産業を象徴する具材です。つみれやさつま揚げといった魚系の種も、かつお出汁と醤油のパンチと相まって、関東ならではの“がっつり系おでん”を形作っています。
東京下町 vs 横浜・千葉:同じ関東でも出汁と具材が違う
同じ関東でも、東京下町と港町エリアではおでんの傾向が少し異なります。
東京の下町では、昔ながらの屋台文化を引き継いだ「醤油の香りが立つ濃い口おでん」が好まれ、ちくわぶや卵、こんにゃくといった庶民的な種が中心です。
一方、横浜や千葉などの港町では、水揚げされる魚を生かしたつみれ、さつま揚げ、はんぺんなど“海寄り”のラインナップが豊富で、同じ濃口醤油ベースでも魚介の風味がより前面に出ます。さらに千葉では醤油蔵が多いことから、地元醤油ブランドを使ったこだわりのおでんを出す店も見られます。
西日本のおでん:昆布だし中心の“だしを食べる”スタイル
関西おでん(関東炊き)の特徴:薄色なのに旨味濃厚なだし
関西のおでんは、昆布ベースで薄い色合いながら、素材の旨味をしっかり引き出す「だしを食べる」感覚のスタイルが特徴です。塩分控えめで上品な味わいのおでんとして楽しまれています。
関西圏は、古くから北海道産昆布の集散地だった歴史から、昆布だし文化が発達しました。おでんも「関東炊き」と呼ばれつつ、実態は関東のおでんとは別物で、澄んだ昆布だしに薄口醤油や酒、みりんを少量合わせるスタイルが主流です。
透明感のある黄金色のつゆは見た目にも上品で、牛すじや厚揚げから出るコクがだしに重なり、塩分控えめでも満足感の高い味に仕上がります。
関西ならではの人気種:牛すじ・厚揚げ・練り物の黄金トリオ
関西おでんでは、牛すじのコク、厚揚げの食べ応え、練り物の旨味という「黄金トリオ」が人気です。甘めの薄口醤油を使う地域も多く見られます。
牛すじは関西おでんを象徴する具材で、コラーゲン豊富なぷるぷる食感と、煮込むほどにだしに溶け出す旨味が魅力です。厚揚げは豆腐文化の厚みを感じさせる具材で、だしをたっぷり吸い込み、“飲めるおかず”のような存在感があります。
さらに、さつま揚げやごぼう天などの練り物が加わることで、魚介の旨味が層をなし、だしにより深みを与えます。地域によっては砂糖やみりんをやや強めに効かせた「甘じょっぱいだし」が好まれるのも、関西ならではの特徴です。
だし文化の違いが生む「東のおでん」との決定的な差
東日本のおでんはインパクト重視、西日本のおでんはだしで引き算する美味しさが特徴で、この違いが好みを分けるポイントになっています。
関東は「かつお節+濃口醤油」で香りと色にパンチを出し、具材にも小麦や卵など“食べごたえ重視”のものが多い傾向があります。一方、関西は「昆布+薄口醤油」で素材の輪郭を残す方向に振れています。
同じおでんでも、東ではつゆを“脇役”として具をメインに楽しむ感覚が強く、西ではつゆそのものを味わう「だしを食べる料理」として認識されやすいのが、東西での決定的な違いです。このだし文化の差が、「どちらが正統か」といった終わりなきおでん論争の火種にもなっています。
真っ黒なのにあっさり?静岡おでんという異端児
サバ節×宗田鰹の黒いだしが生まれた理由
静岡おでんは、サバ節や宗田鰹を使った黒いだしが特徴です。色は黒くても旨味はしっかりとしており、保存性や濃い味好みといった背景から生まれたスタイルだといわれています。
戦後の静岡では、比較的安価で手に入りやすいサバ節や宗田鰹などがよく使われ、「黒いだし文化」が形成されました。さらに濃口醤油を多めに使うことで見た目は真っ黒になりますが、ベースは魚の澄んだ旨味なので、飲んでみると意外とあっさりしています。
静岡では、駄菓子屋や屋台で子どもがお小遣いで買える“長時間保温向きおでん”として発展してきた歴史があり、濃い色のだしは「時間が経っても味がぼやけにくい」「冷めてもおいしい」という合理性から生まれたとも考えられています。
黒はんぺん・牛すじ・青のり粉…静岡だけの独特なラインナップ
静岡おでんといえば、黒はんぺんや牛すじ、青のりやだし粉のトッピングなど、独特のラインナップが魅力です。観光客にも人気のポイントになっています。
黒はんぺんは、イワシやサバなど青魚を骨ごとすり身にして作る静岡ならではの練り物で、魚の風味と栄養がぎゅっと詰まっています。牛すじもだしに強いコクを与える定番種で、黒いだしとの相性は抜群です。
さらに静岡おでんの仕上げには、青のりやだし粉(鰹節・いわし節などの粉)をふりかけます。このトッピングが香りをぐっと引き上げ、「黒いのに軽い」「B級グルメなのにだしが本格的」という寒い日に恋しくなるおでんも、こうして見ていくと「同じ料理」というより、土地ごとの歴史や産業が詰まった“郷土食の集合体”のように感じられてきます。
かつお節と濃口醤油で力強い関東おでん、昆布だしでじんわり味わう関西おでん、黒いだしと個性的なトッピングが楽しい静岡おでん。どれも、その地域で手に入りやすい素材や、そこに暮らす人たちの好みが積み重なって育ってきた味わいです。
全国どこでも安心して食べられるコンビニおでんがある一方で、現地へ足を運ばないと味わえない「ご当地おでん」もまだまだ各地に息づいています。旅先でふと立ち寄った居酒屋や、昔ながらの食堂で出会う一椀は、その土地の言葉や景色と同じくらい、地域の“素顔”を教えてくれます。
次におでんを前に

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